【倉方俊輔の建築旅】日常を離れ栃木県・那須で感覚を研ぎ澄ます

栃木県

2022.12.22

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【倉方俊輔の建築旅】日常を離れ栃木県・那須で感覚を研ぎ澄ます

自然の中で人間が、いかに新鮮な感覚を得られるのか。栃木県・那須はリフレッシュするという行為の最先端であり続けてきました。この土地の建築は、そんな高原らしい環境と緻密に計算された空間によってその魅力を増しています。

文・写真/倉方俊輔

目次

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壮麗な白い洋館「旧青木家那須別邸」(1888)

すべてが設計された空間「水庭(みずにわ)」(2018年)/石上純也

土地の形状を活かした開放感のある宿「スイートヴィラ」(2020年)/坂茂

おわりに

壮麗な白い洋館「旧青木家那須別邸」(1888)

旧青木家那須別邸

那須野ヶ原は明治時代、1880〜90年代を中心に開拓され、西洋式の大農場がいくつも生まれました。推進したのは、明治維新への功績で新たに華族に取り立てられた人々でした。洋風の別邸もお目見えします。そのひとつ、ドイツ公使や外務大臣を務めた青木周蔵が建てた「旧青木家那須別邸」は、現在国の重要文化財に指定され、一般に公開されています。

旧青木家那須別邸
旧青木家那須別邸

近くには東北本線が通り、東京と行き来のできる距離にありながら、高原らしい気候や植物によって気分を一新させる場所。那須の避暑地としてのポテンシャルは、那須御用邸が1926年に開かれたことで、誰の目にも明らかになります。東京の学者や実業家たちが、それに続きます。

◆旧青木家那須別邸
住所:栃木県那須塩原市青木27
開館時間:<夏期4~9月>9:00~17:30、<冬期10~3月>9:00~16:30
休館日:毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)、12月29日~1月3日
料金:大人200円、小中学生100円 
※毎月第3日曜日「家庭の日」は小中学生入館無料

すべてが設計された空間「水庭(みずにわ)」(2018年)/石上純也

水庭

「旧青木家那須別邸」から車で約15分、そんな系譜を受け継ぐ最新スポットが「水庭」です。建築家・石上純也氏の設計で2018年、那須高原山麓・横沢のアートビオトープ那須に完成しました。訪れると一瞬、自然そのもののように感じられるかもしれません。木々が直線状に並んでいたり、池が幾何学的だったりするのではないですから。
けれど、実際のところは、目に見えるものすべてが設計されています。水庭の面積は16,670平方メートル。野球場のグラウンドがすっぽり入る広さです。木々はすべて落葉樹で、コナラとイヌシデ、ブナが大半を占め、ところどころにヤマザクラとカエデが混じっています。すべて異なる枝ぶりを足元に広がる池が鏡のように反射して、その向こうに見える空も高原の空です。

水庭

しかし、この眺めは天然には存在しないものです。なぜなら、落葉樹は本来の自然環境では、水と近距離で共存することができないからです。ここでは池の下に防水を施すことで、水面と木々が出会っています。両者の繊細さが大自然の変化と呼応する、新しい光景が生み出されています。
一見、ありのままのような不定形な池も、計算の末に存在しています。水庭の出入り口から奥に行くにしたがって、池は段々と大きくなり、最大のものは直径が約35mあります。最初は木の間に池が配置されたようになっていますが、それがいつの間にか大きな池の中に木が配置されている。進むにつれて体験する空間が変わっていきます。

水庭

すべての池はパイプを通してつながっています。隣を流れる上黒尾川の水が最初の8個の池に引き込まれ、すべての池を巡って再び上黒尾川に流れ込む仕組みです。水があふれることなく、常に鏡面として機能する上では、都市計画における雨水排水シミュレーションの技術が活用されています。
この庭をつくるにあたっては、この地に元からあるものをできるだけ生かす方針がとられました。約300本ある木々は、隣接する敷地に宿泊施設などが計画されたことを機に、開発によって伐採される予定だった樹木を移植したものです。それ以前は牧草地で、50年ほど前には水田が広がっていました。

大小さまざまな160個の池に水を引き込んでいるのは、当時から残っていた水門です。地面を覆っているコケは、敷地とその周辺の森に生えていたものが移植されました。木々と池とコケの間で、飛び石が訪れる人の経験をさり気なく誘導しています。これらの飛び石も庭全体を囲んでいる擁壁の石も、この敷地で採れたものです。
素材が既にあるものなので、詳しく把握することができます。設計者はまず既存の森に生えていた1本1本の木のスケッチを描いたり、写真を撮ったり、測量したりして、形を記録しました。そして、それらをもとに樹木の模型をつくり、新しい配置を試行錯誤しながら検討したのです。ここに訪れる人びとの歩き方や視線のあり方などを想像しながら、池の形も飛び石の配置も決められました。
その中で行動する人間の体験を想定しながら、具体的な素材を操作し、時に大胆に形を決定する。そんな建築家らしい設計を通じて、元からあった要素は新たな側面を見せています。例えば、これほどの木々の広がりが感じられるのは、どこから見ても樹木があまり重ならないよう、意図的に配置されたからです。
水庭を歩いているうち、身体は自然に、廊下のような連なりや、囲まれた部屋のような場所や、日差しが降り注ぐ中庭のような空間を見出すでしょう。そして、空の変化、小石の形、水の中の生き物など、すべてが異なりながら共にあることに気づく感覚が研ぎ澄まされていきます。

・ガイド付き水庭ツアー
時間:<平日>11:00、14:00 <土・日・祝日>11:00、14:00
料金:2,970円 ※事前予約制
電話:0287-74-3200(10:00~19:00)

土地の形状を活かした開放感のある宿「スイートヴィラ」(2020年)/坂茂

写真提供:株式会社ニキシモ

写真提供:株式会社ニキシモ

隣の敷地の宿泊施設も、世界的建築家が設計したものです。坂茂の設計で2020年、アートビオトープ那須に「スイートヴィラ」がオープンしました。独立した14棟、全15室の木造のヴィラが、敷地の穏やかな傾斜を生かして建っています。
特徴的な石積みの壁が、この土地の開放感ある広がりの中に、人が宿る場所を与えてくれているかのよう。敷地内で出土した石を使用した壁は内側からも見えて、ふんだんに使われた木材と共に、心身をおおらかに寛がせます。

写真提供:株式会社ニキシモ

写真提供:株式会社ニキシモ

4枚の大きなガラス引き戸を全開にすると、室内は張り出した屋根の下に設けられた奥行き3mの大きなテラスと一体になります。天井を走る無垢材の梁を木材のトラスではさみ込む構造によって、これだけの抜けを可能にしているのです。素材の本性を生かす技術で人間が持つ原初的な心地よさを実現させる、坂茂の個性が発揮されています。

◆アートビオトープ那須
住所:栃木県那須郡那須町高久乙道上2294-3
電話:0287-74-3200(10:00~19:00)
料金:60,000円~(2名1室、1泊2食付き)

おわりに

近代化の中で、健やかな土地の広がりに新たな意味が与えられていきました。避暑地としての歴史を背景に、那須は文化的で芸術的な雰囲気をたたえています。
そして今、世界でも他にない「水庭」と「スイートヴィラ」は、知覚を新しくしてくれます。それは、刈り込んだ牧草の広がりや、別荘に滞在する普段と違った時の流れといったような、近代が獲得した自然の系譜にあります。普段自然から離れている私たちだからこそ、人工的な日常とは異なる体験を求めて、那須の地を訪れてみてはいかがでしょう。

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#建築旅 #栃木県 #那須町 #那須高原

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「朝日カルチャーセンター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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