「時代に合わせるのも伝統」400年続く窯元・丸田さんに聞く伝統との向き合い方【佐賀県武雄市】
老舗が長く愛される秘密はなんでしょうか? 佐賀県武雄(たけお)市に約400年続く窯元「黒牟田焼 丸田宣政窯(くろむたやき まるたのぶまさがま)」があります。黒牟田焼は、市町村合併により陶器や磁器など多様な個性を持つ武雄焼きのひとつで、桃山時代末期に帰化した朝鮮陶工が始まりといわれています。
今も人々の暮らしに寄り添った器を提供する黒牟田焼。その唯一の窯元となった丸田宣政窯の丸田延親(のぶちか)さんに、いくつもの時代を乗り越えた秘訣をインタビュー。すると、伝統を守り受け継いでいくだけではない、静かな情熱がありました。
写真/佐野円香
目次
黒牟田焼 丸田宣政窯(くろむたやき まるたのぶまさがま)
住所/武雄市武内町真手野24767
電話/0954-27-2430
時間/9:00~17:00
定休日/なし
時代に合わせて作るものを変えた黒牟田焼
――黒牟田焼の特徴と歴史を教えてください。
黒牟田焼は一般庶民が使うすり鉢や湯たんぽ、土瓶など生活に必要な器を作っていました。ここの裏手には、江戸時代に焼き損じた陶器を捨てた土師場物原山(はじば ものはらやま)があり、国史跡になっています。
最盛期は明治時代で、約40軒の窯元があったといわれています。当時は窯元ごとに作るものが決まっていて、祖父はすり鉢を作っていたとか。その跡を継いだ父は先見の明があり、「いずれ時代が変わる」と幅広く民芸陶器(生活に使う陶器)を作るようになったそうです。時代と共に生活様式が変わり、今はコーヒー椀なども作っています。
――新しいものを作るきっかけはなんですか?
お客様のご要望を聞くこと。昔からうちの陶器を愛用してくださっている方も多いので、その方たちを楽しませたり、便利にしたりするためにも新しいものを作るのは楽しいですね! 「ロックグラスを作ってくれ」と言われて、今まではなかったけれど作ってみたら好評で定番化したというものもあります。陶器も新しいものを作って、時代とともに変化していくのがいいのかなと思いますね。
“消えない伝統”になるために
――時代に合わせて変化していくのは難しいことではないですか?
難しくもありますが、今も心に留めている言葉に、「伝統は、なにもしなかったら8割が消えてなくなる。あとの2割はなにかをして残る」というのがあります。
これは日本三大稲荷のひとつ、佐賀県鹿島市の祐徳稲荷(ゆうとくいなり)神社の宮司さんがおっしゃっていた言葉です。祐徳稲荷の本殿は高台にあり、そこに行くためのエレベーターを設置しようとしたとき、周囲から反対の声があがったそうです。ただ、車いすを使っている参拝者や外国人観光客からエレベーター設置の要望が多く、思い切ってエレベーターを設置。すると参拝者が増え、エレベーターは今もたくさん利用されているそうです。そんな経験をされた宮司さんの、伝統を残すために広く周囲の声に耳を傾けた心構えは印象的で、これはいいことを聞いたな、と今も心のなかに残っていますね。
――最近では、どんな声に耳を傾けましたか?
武雄市のお隣、鹿島市は有名な酒どころで、日本酒3種を飲み比べできるところがあるんです。昨年、そこを訪れてみると試飲のコップがプラスチックだったので、同行した方から「こんなにおいしいお酒も、プラスチックのコップではもったいない。西九州新幹線が開業しますし、武雄のために協力してくれませんか?」と言われました。そこで、さかずきを3種類作り、思い切って提供したんです。それが好評で、今は人気のお土産になりました。今まで思ってもなかったことでしたが、人の意見を聞いてよかったなと思います。
ほかにも、東京オリンピックの卓球台をデザインされた、プロダクトデザイナーの澄川伸一さんが佐賀県のふるさと納税の返礼品のデザインをしていて、コラボしてみないかとお声がけいただきました。それでできあがったのが、澄川さんのデザインを取り入れた黒牟田焼「MUTA NOIR(ムタ ノワール)」です。大・中・小の3サイズあり、オブジェとしても食べ物を載せるプレートとしても使えます。これは、あんまり薄く作ると曲がってしまうし、厚くすると重くなる。成功率が低いんです(笑)。ただこうやって時代や生活に合わせた陶器を作るのも、伝統のひとつといえますね。
大切にしているのは「人との出会い・触れ合い」
――器作りで、ほかにも大切にしていることはありますか?
人との出会い、触れ合いは大切にしています。9年前に亡くなった父が、「出会いと触れ合いは大切に」といつも言っていました。地元で商売していますし、口コミもありますので、地元の人からの信用、信頼、付き合いは大切です。また、わたしは日展などにもに出品しており、そこでの評価も自分の励みになるんです。芸術家は変人が多いといわれていますが、それは自分だけの世界に入ってしまって、人と触れ合わないからですよね。そうならないようにいろんな人と交流して、よそからの意見を聞くこと。異業種交流会などに参加するようにしていますが、いろんな話が聞けて勉強になりますね。
芸術作品と日常使いのモノ作り
――芸術作品を作るようになったきっかけを教えてください。
小学校のころから図工が好きで、父の背中を見ていたので「いずれ家業を継ぐ。早く継ぎたい」と思っていました。そのために高校・大学は焼物関連の勉強を。大学時代の恩師がオブジェを作る方で、そのときに「焼物というのは奥が深い。ろくろで作るだけではなくいろんな方向性がある」と学べました。あの経験がなかったら、今もろくろ成形のものだけを制作していたと思います。
――陶芸家としての目標はなんですか?
焼物というのは免許が必要ないので、いわば誰でも陶芸家になれます。そこで、研鑽を続けるためにも佐賀県の陶芸協会に入るのが夢でした。窯元は県内に300近くありますが、佐賀県の陶芸協会に籍を置いている方は60名くらいです。県の陶芸協会に入るためには、日展に入選6回以上と、日本伝統工芸展に入賞6回以上、さらに推薦をもらわねば入れないんです。私も50歳を前にそれをクリアして、人間国宝の井上萬二先生や、紫綬褒章を受賞された今泉今右衛門さんと同じ会に所属することができました。佐賀県の陶芸協会では、年に一回、佐賀の美術館で、そのあとに福岡もしくは東京、大阪で、大きな画廊を借りて、佐賀県陶芸協会展というのが開かれます。作品を一点ずつ並べるんです。そこに自分の作品をおけるのも誇りです。
――芸術作品と日常使いのものと、バランスをとるのが難しいのでは?
展覧会が近づけばそちらに集中しますが、忙しいときは手がまわらないときもあります。ただ芸術作品は、見て、感動を与えるもの。一方、食器は使って喜ばれるものです。一般的な食器づくりと創作はまったくの別物ですが、たくさん作品を見て、ほかの作品を評価する利き目を養うことで、双方によい影響があるんです。
――そんなすごい作品を、旅先で購入するのは勇気がいります……。
窯元を訪れるのは敷居が高いと言われますけど、見るだけで購入しなくても全然いいんです。黒牟田の雰囲気を見て、直に焼物を触ってもらって、自分で気に入ったものがあれば購入されるのが一番。焼物って高い、安いじゃないんです。その焼物が本当に好きなのか、それを持っておけば心の財産になるというか、焼物は心を癒すものだと思うんです。とにかくお客様に来てもらって、見てもらいたい。自分で購入すれば愛着もわくし、思い入れも生まれます。
これからも、使ってもらって「いいな」と思われる器を作りたいですね。そして、作品作りでは感動を与えるものを目指したい。焼物には終わりがないんです。
おわりに
400年以上も続く黒牟田焼の伝統を受け継いでいる丸田さんは、「その火を消さない」という責任感を背負いつつも、楽しみながら作陶している様子でした。陶器のうわぐすり・黒釉(こくゆう)など伝統的な技法を用いながらも、自分らしい感性で彩られた丸田さんの作品はとても心地よいやわらかさに包まれているように思います。実際に訪れた米倉涼子さんも、茶香炉をお土産にしていました。深い緑に囲まれ、静かな窯元で、お気に入りの作品に出会う旅もいいですよね。『月刊旅色 2023年4月号』では武雄の“ととのう”旅を特集。心静かにととのう伝統クラフトに出会える場所として、丸田宣政窯も取り上げていますので、ぜひご覧ください。