『成瀬は天下を取りにいく』を片手に京阪電車で聖地・滋賀県大津市を巡る旅
愛読書は時刻表、旅色LIKESライターの鉄道旅担当・なおです。2024年の本屋大賞を受賞した『成瀬は天下を取りにいく』。今回旅したのはその舞台となった・滋賀県大津市を、主人公・成瀬あかりに案内されながら京阪石山坂本(いしやまさかもと)線に乗って旅します。
目次
『成瀬は天下を取りにいく』とは
毎年4月に「本屋大賞」が発表されます。多くの文学賞が専門家が選出委員となっている中、本屋さんで働く書店員さんたちが発案し、書店員の投票で受賞作が選ばれるのが特徴です。2024年に選ばれたのは、宮島未奈さん著の『成瀬は天下を取りにいく』でした。滋賀県大津市、「におの浜」に住む一風変わった主人公・成瀬あかりの5年間を幼なじみや同級生など彼女に関わるさまざまな人々の目線で描く青春小説です。成瀬が住む膳所(ぜぜ)エリアをはじめ、ミシガンや近江神宮など、作品の舞台になった場所が大津市内には点在しています。受賞以来たちまちベストセラーとなり、続刊『成瀬は信じた道をいく』も好評を博しています。
旅の始まりは“膳所から(ゼゼカラ)”。成瀬の通ったときめき坂をたどる
旅は膳所(ぜぜ)駅から始まります。JR琵琶湖線と京阪石山坂本線の乗換駅。JRの駅には観光客を歓迎する大看板があって、ここが“成瀬”の住む町であることを大々的にアピールしていました。ここからすぐ京阪電車の旅に出てもいいのですが、まずは「ときめき坂」を下って成瀬が住む町、におの浜に向かいます。
「ときめき坂」は膳所駅とにおの浜、琵琶湖方面を結ぶ道路で両側に商店が並びます。作品中に登場したセブンイレブンや美容院も見ることができ、架空の人物であるはずの成瀬がここで暮らしている様子がリアルに思い浮かびます。
ときめき坂で私が特に推したいのは少し入ったところにある「よりみちぱん」。成瀬の母校、ときめき坂小学校のモデルとなった平野小学校の裏にある小さなパン屋さんです。「塩パン」は幼馴染の島崎のイチオシですぐに売り切れてしまうそう。私が訪ねたときも残念ながら販売していませんでしたが、クロワッサンもカレーパンもおいしくて、たくさん歩いたあとのエネルギー補給に最適でした。
◆よりみちぱん
住所:滋賀県大津市馬場1丁目11-34
電話番号:077-572-6029
営業時間:8:00~17:00 ※売り切れ次第終了
定休日:日曜日、月に1~2回月曜日休みあり
アクセス:JR琵琶湖線・京阪石山坂本線膳所駅から徒歩約5分
ときめき坂の終点は県道102号線と交わる「におの浜二丁目交差点」。このマンションのあった場所にはかつて「西武百貨店大津店」がありました。におの浜は多くのマンションが建ち並ぶエリアです。成瀬や島崎もマンション群に住んでいます。当たり前にあったものがなくなってしまうのは、多感な時期にあった成瀬にとって大きな出来事だったのでしょう。今後数々の「成瀬伝説」を生み出してゆく物語はこの西武百貨店の閉店からはじまります。
西武百貨店の跡地のすぐ近くにショッピングセンター「Oh! Me大津テラス」があります。地下の食料品売り場「フレンドマート」で、成瀬がアルバイトをしていたということもあってパネルが置かれています。記念撮影のときには、制服も貸してくれるそうですよ! 作品中にお客様の声が登場したこともあって、スーパーでよく見かける「お客様の声」のところに「読者様の声」が掲示されています。
◆Oh! Me大津テラス
住所:滋賀県大津市打出浜14-30
電話番号:077-523-2530
アクセス:JR琵琶湖線京阪石山坂本線膳所駅から徒歩約7分、京阪石山坂本線石場駅から徒歩約5分
成瀬ラッピング車両で大津市内を巡る
膳所の町を歩いて成瀬の息遣いを感じたあとは、京阪電車に乗って大津市内を巡ります。大津市内のみを走る石山寺駅と坂本比叡山口(ひえいざんぐち)駅を結ぶ石山坂本線では2025年2月9日まで『成瀬は天下を取りにいく』ラッピング車両が運行中。膳所への聖地巡礼や大津市内の観光の際にぜひ利用してみてください。「びわ湖大津観光大使」でもある成瀬が市内の名所を案内してくれるスタンプラリーの開催は2024年10月31日まで。
源氏物語始まりの地・石山寺
京阪石山坂本線に乗って終点、石山寺駅に到着。紫式部ゆかりの寺ということもあって大河ドラマ『光る君へ』放映中の今、駅は紫色に塗り替えられています。
石山寺は聖武天皇の勅願※1 により749年に創建された歴史あるお寺です。本堂のうち内陣は平安時代に修補されて以来今も残る、県内最古の建物とされています。紫式部はここに籠っていた際に、湖面に映る月から『源氏物語』の着想を得たといわれており、“源氏物語始まりの地”といわれています。本堂前にいくつもある大きな岩(硅灰石)は、今は黒ずんでいますが建立当時は白かったのだそう。この岩が印象的であることから石山寺と命名されました。
※1 天皇による祈願
◆石山寺
住所:滋賀県大津市石山寺1-1-1
電話番号:077-537-0013
拝観時間:8:00~16:30(入山は16:00まで)
入山料:600円
アクセス:京阪石山坂本線石山寺駅から徒歩約10分、または京阪バス石山寺山門前停留所下車すぐ
瀬田の唐橋から近江の一宮・建部大社へ
石山寺を出たあとは、駅から再び電車に乗って一駅先の唐橋前駅で下車します。寺の前から唐橋前まではバスもでていますのでこちらも便利です。
「瀬田の唐橋」は、瀬田川を渡る橋で古くから交通の要衝とされていました。都に近い橋だったことから壬申の乱など幾度となく戦いの舞台となり「唐橋を制する者は天下を制する」とまでいわれた場所です。また風が強くて危険な水路より唐橋を通って陸路で行くべき、という教えから「急がば回れ」という言葉が生まれた場所でもあります。
「瀬田の唐橋」を渡ってしばらく歩いたところにある建部大社は、近江の一宮で日本武尊(ヤマトタケル)を天武天皇を祀るために建立。多くの皇族や武士が参拝に訪れました。特に源頼朝は平治の乱で敗れ平家に捕らわれた際、ここで水を飲み再起を誓ったとされています。それが出世水であり、今もここで飲むことができます。
◆建部大社
住所:滋賀県大津市神領1丁目16-1
電話番号:077-545-0038
拝観時間:5:00~17:00
アクセス:京阪石山坂本線唐橋前駅から徒歩約10分
成瀬もデート(?)で乗った「ミシガン号」で琵琶湖巡り
再び電車に乗って、びわ湖浜大津駅に到着しました。滋賀県内を走る京阪電車の中心駅で、京都市営地下鉄東西線に直通する列車が出発します。4両もの長い車両が路面電車となって交差点を曲がっていく姿は圧巻で、ほかで見たことがありません。
びわ湖浜大津駅はその名の通り、駅前に琵琶湖が広がります。歩いて3分ほどのところにあるのが大津港。ここから琵琶湖を巡る観光船が出発します。
私が乗ったのは、1982年に就航した「ミシガン号」。名前はアメリカにある五大湖のひとつ、ミシガン湖から命名しました。ミシガン州の州都ランシング市と大津市が姉妹都市となったことを記念してつけられたものです。
なお、『成瀬は天下を取りにいく』『成瀬は信じた道をいく』の本をチケット売り場に提示すると「成瀬の名言」を記したカードをもらえます。作中で数々の名言を残す成瀬。ぜひ作品を提示して名言をゲットしてください。ミシガン号は成瀬が男子と一緒に乗船してデート?かもしれないことをしています。なぜ「?」なのかは作品を読んで!
かつてミシシッピ川を渡った船を彷彿とさせる出で立ちのミシガン号。いまは珍しくなった外輪を動力にして航行します。船の最後尾で回る赤く塗られた外輪を眺めるだけでも貴重な体験です。湖岸から琵琶湖を眺めることがほとんどだと思いますが、ときには湖に出て非日常の景色を楽しむのもいいと思います。
◆大津港(ミシガン号の出発港)
住所:滋賀県大津市浜大津5丁目5-1
電話番号:077-522-4115(琵琶湖汽船)
休業日:無休
アクセス:JR琵琶湖線大津駅から徒歩約15分、京阪石山坂本線・京津線びわ湖浜大津駅から徒歩約3分
旅の終わりは百人一首の聖地、近江神宮へ
今回、旅の最後に訪ねたのは近江神宮。びわ湖浜大津駅から電車に乗って近江神宮前で下車します。
朱の楼門を潜ると凛とした空気が漂います。近江神宮は1200年前に飛鳥から大津に都を移したことにより、大津の発展の礎を築いた天智天皇を祀る神社です。
高校生の百人一首大会が開かれることで全国的に有名になりました。百人一首の一番札は天智天皇の詠んだ歌。そのことが縁となりこの地が百人一首大会の会場として選定されたのです。特に漫画や映画がヒットした『ちはやふる』が発表されて以後は聖地巡礼に訪れる人も増えています。私が訪ねた日も、埼玉県の高校に通うかるた部のみなさんが参拝に訪ねていました。ちなみに成瀬も高校のかるた班で滋賀県代表で出場しています。
かるたばかりが話に出ますが、天智天皇は近江宮に漏刻と呼ばれる「水時計」を置いて鐘楼で時を告げたとされています。時計利用の先駆者であり、当時の漏刻を想像したものが模して造られ、置かれています。
◆近江神宮
住所:滋賀県大津市神宮町1-1
電話番号:077-522-3725
アクセス:京阪石山坂本線近江神宮駅から徒歩約9分、JR湖西線大津京駅から徒歩約20分
おわりに
今回は本屋大賞を受賞した『成瀬は天下を取りにいく』の主人公、成瀬あかりを追って京阪電車に乗って滋賀県大津市を旅しました。本作は設定が現代であり、今も街なかに残る施設が多く登場することから、聖地巡礼がとてもしやすい作品になっています。10月27日から11月9日までは読書週間です。旅をするにもいい季節ですので作品を読んで、大津の町を訪ね歩き、成瀬を感じてみるのはいかがでしょうか。