【倉方俊輔の建築旅】今年で3回目! 特別公開も楽しめる「京都モダン建築祭」で見るべき建築を紹介

京都府

2024.10.04

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【倉方俊輔の建築旅】今年で3回目! 特別公開も楽しめる「京都モダン建築祭」で見るべき建築を紹介

2022年に初開催され、今年で3回目となる「京都モダン建築祭」が11月1日(金)から10日(日)にかけて開催されます。会期中に特別に公開される建築はさらに充実。実行委員の一人を務める私が、パスポート公開(パスポートの購入で申込不要・自由見学できる建物)で見られる建築の中でも、とっておきの3点をご紹介します。

目次

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祇園祭の山鉾をモチーフにしたユニークな外観が目を引く「大雲院 祇園閣(旧大倉喜八郎別邸)」(1927年)/伊東忠太

花街の雰囲気に合わせたデザインの融合「先斗町歌舞練場(ぽんとちょうかぶれんじょう)」(1927年)/木村得三郎

地下に埋められた現代建築「東本願寺視聴覚ホール」(1998年)/高松伸

おわりに

祇園祭の山鉾をモチーフにしたユニークな外観が目を引く「大雲院 祇園閣(旧大倉喜八郎別邸)」(1927年)/伊東忠太

「大雲院」の総門をくぐり抜けると「祇園閣」が見える

「大雲院」の総門をくぐり抜けると「祇園閣」が見える

今年、新たにパスポート公開に加わったのが「大雲院 祇園閣」。一代で大倉財閥を築き上げた大倉喜八郎の旧別邸内に1927年に完成しました。高さは約36m。高い建物が今も少ない京都市内にあって、東山のランドマークとしてそびえています。

印象的な外観は“東山のランドマーク”として親しまれる

印象的な外観は“東山のランドマーク”として親しまれる

柱の上の鶴の像

柱の上の鶴の像

見どころは、高さだけではありません。遠くからも分かるのは、祇園祭の山鉾をモチーフにした特徴的な外観。銅板が使われた金属製の“銅板葺”の屋根は、きれいな緑青色になって、京都の金閣、銀閣に合わせて、銅閣なんて呼ばれたりもします。

細かなところも見てみましょう。屋根にそびえる柱の上には鶴が立っています。大倉喜八郎は幼い頃、鶴吉という名でした。後に鶴彦と称し、晩年は鶴翁と呼ばれました。それにちなんで、最頂部には羽を広げた鶴の像が金箔で仕上げられ、この異形の塔の主を象徴しているのです。

設計者は、伊東忠太。日本で建築史を最初に研究し、長く東京帝国大学の教授を務め、建築分野で初めて文化勲章を受賞した人物です。学問の歴史に名を残す偉人であるわけですが、同時に、他の人はあまりしないような個性的な建築を設計したのが面白いところ。人物の多面性に惹かれ、私は学生時代から伊東忠太を研究してきました。博士号を取得したのも、伊東忠太の設計と思想を分析した学位論文によってでした。

門の扉には塔の最頂部にある鶴と同じデザインが施される

門の扉には塔の最頂部にある鶴と同じデザインが施される

多くの方々に「祇園閣」を訪れていただけるのは、研究者としても嬉しいこと。今回パスポート公開される11月2日と3日には、まず「祇園閣」の入り口にご注目ください。銅製の扉の裏側に一対の鶴が描かれていて、これは先ほど説明したように大倉喜八郎にちなんだものですが、鶴は羽も脚も上げて、ダンスを踊っているよう。

伊東忠太は、小さい頃から滑稽な絵が得意で、東大教授になってもそれらを雑誌などで発表していました。この鶴も、まさに彼らしい筆致です。そして、扉の両側、祇園閣の下の部分は石積みのように仕上げられています。高い石積みの上に木造が乗った形の塔は、日本で見ることはできません。伊東忠太は広くアジアの建築を研究した学者でもありました。現地を訪れて観察したさまざまな建物の要素が、設計作に混ぜ合わされているのです。

滑稽なデザインを得意とする伊東忠太らしさが出ている照明

滑稽なデザインを得意とする伊東忠太らしさが出ている照明

石積みの部分を、内部の階段で上っていきましょう。壁に描かれているのは敦煌(とんこう)の壁画の模写で、これは1973年に龍池山大雲院がこの地に移転した後に追加されました。階段の途中、壁から突き出している照明が、伊東忠太によるオリジナル。妖怪が光る玉を持っています。妖怪といっても愛嬌があり、西洋とも東洋ともつかない姿なのが伊東忠太の特徴です。入り口の左右にいる狛犬も、そんな可愛らしいデザインなので、帰りにご覧ください。

階段を上がり切ると、展望台から京都の街を一望できます。風景を味わい、天井にもご注目ください。照明のまわりの円形に十二支が連なっています。つながりあって輪廻する躍動感あふれるデザインに、伊東忠太が中国やインド、ヨーロッパなどで得た経験や、建築を人びとに親しまれるものにしたいという思想が反映しているのです。

◆大雲院 祇園閣(旧大倉喜八郎別邸)
住所:京都市東山区祇園町南側594-1

「大雲院 祇園閣(旧大倉喜八郎別邸)」の情報はこちら

花街の雰囲気に合わせたデザインの融合「先斗町歌舞練場(ぽんとちょうかぶれんじょう)」(1927年)/木村得三郎

先斗町歌舞練場

続いて、今年パスポート公開される45の建築の一つでもある、花街のシンボル「先斗町歌舞練場」に向かいましょう。設計を手がけたのは大林組の木村得三郎。“劇場建築の名手”と称されました。2026年春、京都・祇園で帝国ホテルとして開業予定の弥栄会館(1936年)も彼の作品です。

壁の上部は西洋風のスクラッチタイルが、下部には日本のなまこ壁のようなデザインが施されている

壁の上部は西洋風のスクラッチタイルが、下部には日本のなまこ壁のようなデザインが施されている

なまこ壁を彷彿とさせるデザインには、花模様のレリーフタイルが使われている

なまこ壁を彷彿とさせるデザインには、花模様のレリーフタイルが使われている

屋根に突如現れる鬼瓦

屋根に突如現れる鬼瓦

1927年に完成した先斗町歌舞練場は、当時流行した外壁のスクラッチタイルがいい味を出しています。鬼瓦は6世紀の中国・北斉の皇族である蘭陵王の武勇伝を題材にした舞楽の面をかたどったもの。壁の下部には花模様の入った赤い茶色のレリーフタイルを斜めに用い、日本の伝統的な土蔵造で使われる「なまこ壁」を連想させています。花街の雰囲気に合った絶妙なバランスで、西洋と東洋、日本が組み合わされた建築です。

542席ある劇場内は鴨川をどりや水明会の会場としてだけではなく、一般の発表会や講演会などでも利用されている

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会期中の11月2日と3日には1階のロビーと劇場客席、2階ロビーと休憩室がパスポート公開されます。鉄筋コンクリート造で、限られた敷地の中にできるだけ大きなスペースをとり、伝統的な歌舞を披露するにふさわしい空間と、時代の流行を反映した華やぎを両立させています。

◆先斗町歌舞練場
住所:京都市中京区先斗町通三条下る橋下町130

「先斗町歌舞練場」の情報はこちら

地下に埋められた現代建築「東本願寺視聴覚ホール」(1998年)/高松伸

パッと見ただけでは「東本願寺視聴覚ホール」があるとは思えない

パッと見ただけでは「東本願寺視聴覚ホール」があるとは思えない

さらにもう一つ、意外な京都の扉を開きましょう。11月2日と3日にパスポート公開される「東本願寺視聴覚ホール」です。完成したのはぐっと新しく、1998年。しかし、歴史を重ねた東本願寺の境内にあるからこその画期的な建築なので、この機会にぜひ訪れてみてください。設計を行ったのは、1980年代から斬新な建築で一世を風靡した建築家の高松伸さん。1987年に完成し、2007年に解体された「キリンプラザ大阪」で注目を浴び、2025年の大阪・関西万博で西陣織を用いた巨大なパビリオンを手掛けることでも話題を呼んでいます。

天窓から光が入る設計になっているため、内部は明るい

天窓から光が入る設計になっているため、内部は明るい

346席もある視聴覚ホールは、地下とは思えない広々とした空間

346席もある視聴覚ホールは、地下とは思えない広々とした空間

「東本願寺視聴覚ホール」最大の特徴は、周辺の環境を変えないように、ホールそのものを地下に設えたこと。そうすることで、通常の建築では味わえない劇的な体験を生み出しています。階段を降りるにしたがって現れる光景は、まるで地下神殿のよう。打ち放しコンクリートや木といった素材の表情を生かし、シャープな光でホールに品格を与えています。

◆東本願寺視聴覚ホール
住所:京都市下京区烏丸通七条上る常葉町

「東本願寺視聴覚ホール」の情報はこちら

おわりに

今回ご紹介したのはいずれも、町家や格子の京都らしさではないかもしれません。しかし、歴史に育まれた京都の文化、それをさらに展開しようという憧れが、各時代の新しさを生み出すのでしょう。思っていたよりも深い京都に、京都モダン建築祭で出会ってください。

◆京都モダン建築祭
会期:2024年11月1日~10日

「京都モダン建築祭」公式HPはこちら

2022年に開催された「京都モダン建築祭」についてはこちらから

【倉方俊輔の建築旅】京都モダン建築祭いよいよ開催! “生きた文化財”に触れる旅

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#イベント #建築旅 #京都府 #京都モダン建築祭

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「NHK文化センター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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