【倉方俊輔の建築旅】素材を生かして新たな建築を生み出す。北海道・札幌の雄大な自然と建築の旅へ

北海道

2024.12.26

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【倉方俊輔の建築旅】素材を生かして新たな建築を生み出す。北海道・札幌の雄大な自然と建築の旅へ

冬だからこそ、味わい深いのが北海道。建築もその一つです。今回は札幌から、土地の素材を生かした建築をピックアップしましょう。

目次

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自然の石が味わい深さを演出する「札幌市資料館(旧札幌控訴院庁舎)」(1926年)

外壁を保存しながら新たな空間を生み出した「北菓楼(きたかろう)札幌本館(北海道庁立図書館)」(1926年)/萩原惇正(あつまさ)・安藤忠雄

周囲を覆うことで期待感を高める「頭大仏殿」(2016年)/安藤忠雄

おわりに

自然の石が味わい深さを演出する「札幌市資料館(旧札幌控訴院庁舎)」(1926年)

2020(令和2)年に国の重要文化財に指定された

2020(令和2)年に国の重要文化財に指定された

「札幌市資料館」が建っているのは、大通公園の西の端。1926(大正15)年に札幌控訴院としてつくられました。「さっぽろ雪まつり」のメイン会場にもなっている長い公園の終点を、左右対称の形が引き締めています。

味わい深いのが、その壁です。落ち着いたグレーが基調になっていますが、場所によって青っぽかったり、赤みがかっていたり、近づくと白い斑点のようなものも見られます。自然の石なので、一つとして同じものがないわけです。それらを整え、組み合わせることで、しっかりと公園からの視線を受け止める面ができあがっています。

この深みがある石は、札幌軟石と言います。その名の通り、札幌市内で産出される石材です。特に明治時代から昭和初期にかけて、札幌市や小樽市周辺の建物に多く使われました。柔らかいので加工がしやすく、火災や風化に強い上に、保温効果も備えています。約4万年前に支笏(しこつ)火山の大規模な噴火があり、その時に流れ出た火砕流が固まって生まれた土地の素材です。

札幌市資料館は、今に残る札幌軟石の建物としては最大級のもの。煉瓦を積んだ壁を、札幌軟石で覆っています。建設された時の「控訴院」とは現在の高等裁判所にあたり、第二次世界大戦以前に全国8か所に設けられました。

真ん中に突き出した車寄せの上部に、目隠しをした顔が見えるでしょう。これはギリシア神話で正義や秩序をつかさどる女神・テミス。見かけにとらわれずに、真実を公平無私に見抜くことを意味します。左右の柱の上に付けられた天秤のレリーフも、古くから西洋で裁判の公正さを象徴するものとして用いられてきました。

美術館を訪れるような楽しみもあるデザイン

美術館を訪れるような楽しみもあるデザイン

中央には右から左に「札幌控訴院」と書かれています。それぞれ円の中にレイアウトされた5文字は、大正時代の雑誌のタイトルなどにもありそうな軽妙なデザインです。レリーフや縦長窓の下部といった特に大事な部分には、軟石より強度の高い硬石が使用されています。西洋の石の文化や裁判の制度などを日本が明治になって取り入れ、アレンジできるようになった時代の証拠が、この建築なのです。

丁寧につくられた階段のカーブも見どころ

丁寧につくられた階段のカーブも見どころ

大正時代のモダンさは、館内でも発見できます。石の味わいを生かしたアーチ型が玄関内部に。幾何学的な装飾を組み合わせて、軽快に見せているのが見どころです。玄関の先には、裁判所の威厳を示すように2本の古代ローマ風の柱が立ち、奥に2階へ続く階段があります。カーブの途中に設けられたステンドグラスも、直線のみでできた幾何学的な図柄。シンプルだからこそ、綺麗な色の取り合わせが心に刻まれます。

2006(平成18)年に控訴院時代の法廷を復元した「刑事法廷展示室」が設置された

2006(平成18)年に控訴院時代の法廷を復元した「刑事法廷展示室」が設置された

館内の旧応接室は眺望の良い展望室となっていて、控訴院時代の法廷を復元した部屋もあります。札幌国際芸術祭関連などの展示も行われ、歩み続ける札幌が実感できる場所です。

◆札幌市資料館(旧札幌控訴院庁舎)
住所:札幌市中央区大通西13丁目
電話:011-251-0731

外壁を保存しながら新たな空間を生み出した「北菓楼(きたかろう)札幌本館(北海道庁立図書館)」(1926年)/萩原惇正(あつまさ)・安藤忠雄

札幌で最初の本格的な図書館「北海道庁立図書館」として建てられ、1967(昭和42)年まで使用された

札幌で最初の本格的な図書館「北海道庁立図書館」として建てられ、1967(昭和42)年まで使用された

札幌市資料館から歩いて15分ほどの距離にある「北菓楼札幌本館」は、北海道庁立図書館として1926(大正15)年に萩原惇正の設計によって完成した建物。のちに建築家の安藤忠雄さんの基本デザインで改修。2016(平成28)年に今の形になりました。

1階は店舗。吹き抜けになっていることで開放的な空間に

1階は店舗。吹き抜けになっていることで開放的な空間に

1階の広々としたショップには北菓楼の和洋菓子のほぼすべてが揃い、ここだけの限定商品も用意されています。2階にはランチやスイーツが楽しめるカフェも。かつて図書館だったことを継承して、東西の壁面に約6,000冊の本が並んでいます。

外観と内観の印象が違って見えることがよくわかる

外観と内観の印象が違って見えることがよくわかる

玄関ホールには大理石がふんだんに使われている

玄関ホールには大理石がふんだんに使われている

中に足を踏み入れて体験できるのは、クラシカルな外観からは想像がつかない吹き抜けを持った空間です。そんな驚きを可能にしているのが、外壁を保存しながら内部に新しい構造を入れるという、安藤忠雄さんらしいリノベーション手法。内装を剥がされた煉瓦の壁が、迫力をもって迫ってきます。厳しい自然の中に文化を築いていった、建設の原点に思いを馳せさせます。
素材を生かした壁と、大正時代のままに残された優雅な大理石の玄関ホール、それに新たに加えられた軽やかな天井が互いを刺激し合う、体験してほしい店舗です。

◆北菓楼札幌本館(北海道庁立図書館)
住所:札幌市中央区北1条西5丁目1-2
電話:0800-500-0318

周囲を覆うことで期待感を高める「頭大仏殿」(2016年)/安藤忠雄

2016年以前から大仏は鎮座していた

2016年以前から大仏は鎮座していた

2016(平成28)年の完成以来、世界中から観光客が訪れる名所になっているのが、札幌郊外の真駒内滝野霊園にある「頭大仏殿」。敷地内に入ると、小高い丘のてっぺんに大仏の頭だけが見える不思議な光景が広がります。

最初からこうだったわけではありません。安藤忠雄さんは平地に鎮座していた高さ13.5mの仏像を「より『ありがたく』見せるにはどうすべきか」という相談を受けました。その結果、仏像には触らず、周辺を改変することで、従来とはまったく違う体験をつくり出すことに成功しました。

水庭からは大仏は見えない

水庭からは大仏は見えない

トンネルに入り、ようやく姿が見えるように

トンネルに入り、ようやく姿が見えるように

来訪者は、大仏の頭だけを目にしながら正面まで赴き、水庭を回って、コンクリートでできたトンネルへと導かれます。トンネルを進んでいくと、最後に姿を表すのが大仏の全貌。円形に切り取られた空をバックに見上げたご尊顔がひときわ、ありがたく感じられるでしょう。

写真右の方に大仏の頭が見える

写真右の方に大仏の頭が見える

ここで設計者は、新奇な建物をつくらない代わりに、空間を操作し、人の感情を揺れ動かすことで、すでにあるものを引き立たせました。頭大仏の丘には、約15万株のラベンダーが植わっています。芽吹く頃には緑に、夏には咲き誇る薄紫に、雪が積もると白色に変わります。石、煉瓦、そして自然も、北海道の味わい深い素材だと気づかせる建築です。

◆頭大仏殿
住所:札幌市南区滝野2
電話:011-592-1223

おわりに

その土地にすでにある素材、建物や自然を生かすのは人間の才気。そう教えてくれる建築群を、札幌で訪ねてみてください。

【倉方俊輔の建築旅】西洋の玄関口・函館で多文化に触れる旅

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#北海道 #札幌 #建築旅 #倉方俊輔 #モデルコース

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「NHK文化センター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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