【倉方俊輔の建築旅】岩手県盛岡市で伝統とモダンが入り混じる建築を訪ねる旅へ

岩手県

2024.03.14

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【倉方俊輔の建築旅】岩手県盛岡市で伝統とモダンが入り混じる建築を訪ねる旅へ

岩手県盛岡市の建築に注目するのは、今回が2度目。昨年1月、盛岡市がアメリカのニューヨーク・タイムズ電子版で「2023年に行くべき52カ所」の第2位に選ばれた際に記事を書きました。けれど、盛岡を訪れるべき理由は、まだまだあります。他の場所では見られない、伝統とモダンが入り混じる明治~昭和初期の名品を、さらにご紹介します。

目次

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独創的な建築の設計につながる原点「南部利祥中尉(なんぶとしながちゅうい)像台座」(1908年)/伊東忠太

左右対称な設計と柱のデザインが目を引く「盛岡信用金庫本店(旧岩手貯蓄銀行本店)」(1927年)/葛西萬司

装飾の繊細さに目を見張る「佐藤写真館」(1928年)/藤原孫助

アール・デコ様式で最先端をアピールした「ライト写真館」(1929年)/逸見米雄

おわりに

独創的な建築の設計につながる原点「南部利祥中尉(なんぶとしながちゅうい)像台座」(1908年)/伊東忠太

南部利祥中尉(なんぶとしながちゅうい)像台座

最初に行くべきは、盛岡城跡公園にある「南部利祥中尉銅像台座」。「えっ、台座!? 」と思われるかもしれません。かつて台座の上に銅像があったのですが、第二次世界大戦中の軍需生産確保のために制定された「金属供出(金属類回収令)」でなくなってしまったため、今は盛岡城跡公園に台座だけが残されています。この台座、どこかチャーミングではありませんか? もとは馬に乗った南部利祥の像が乗っていました。

南部利祥中尉(なんぶとしながちゅうい)像台座

南部利祥は盛岡藩(南部藩)の最後の藩主である南部利恭(としゆき)の長男として誕生。南部家42代当主にして伯爵となり、陸軍騎兵中尉として日露戦争に向かいますが、1905年に23歳で命を落とします。このことを悼んで1908年に除幕式が行われた騎馬像は、4本の足に支えられて馬の背に乗る、凛々しい伯爵の姿を表現していました。

台座は、まるで馬の4本の足を繰り返すかのように、4つの脚を大地に伸ばしています。そこに銅像が乗るべき平面をつくっています。台座全体が上にすぼまった形をしていますから、上部の銅像へと視線を自然に誘導する効果も果たしていたでしょう。脚元にはころんとした曲線が使われていて、一層、台座が生き物のように見えてきます。

東京帝国大学の教授を務めた伊東忠太が、この台座を設計しました。実は私、伊東忠太という人物について論文を書き、博士号を取得したので、あれこれ解説したくなってしまうのです。手短に言えば、日本建築の歴史の最初の専門研究者にして、独創的な建築を設計した人。京都にある「本願寺伝道院」(1911年)や東京の「築地本願寺」(1934年)などが代表作として知られています。

南部利祥中尉(なんぶとしながちゅうい)像台座

この小さな台座は、1905年に3年間の世界一周の留学から帰国した伊東忠太が、のちの代表作につながる作風を最初に発揮したものとして貴重なのです。西洋やアジアの様式を折衷したり、曲線に特徴があったり、生き物や妖怪の像を用いたり。そんな独自の設計手法はここに始まります。

その形は姿のない銅像を想像させ、この地と南部家との深い関わりに思いを馳せることができます。盛岡の街は、さまざまな深みを持っています。盛岡城跡公園の台座もその一つです。

◆盛岡城跡公園
住所:盛岡市内丸1番37号

盛岡城跡公園で開催の「盛岡さくらまつり」情報はこちら

左右対称な設計と柱のデザインが目を引く「盛岡信用金庫本店(旧岩手貯蓄銀行本店)」(1927年)/葛西萬司

盛岡信用金庫本店(旧岩手貯蓄銀行本店)

1927年に完成した「盛岡信用金庫本店」(旧岩手貯蓄銀行本店)は、葛西萬司の設計によるもの。以前にご紹介した「岩手銀行赤レンガ館」(旧盛岡銀行本店)を辰野金吾と共に手がけた建築家です。2つの銀行建築は歩いてすぐの場所にあります。

岩手銀行赤レンガ館

角地に建っていることがよくわかる「岩手銀行赤レンガ館」

見比べてみましょう。「岩手銀行赤レンガ館」は隅に塔を設けて、角地に建っていることを強調していました。

「盛岡信用金庫本店」(旧岩手貯蓄銀行本店)

正面性を大事にする「盛岡信用金庫本店」(旧岩手貯蓄銀行本店)

対して、「盛岡信用金庫本店」(旧岩手貯蓄銀行本店)は正面性を大事にして、左右対称に設計されています。正面の6本の柱がその一番の要素です。ただし、柱のデザインは西洋建築の伝統に留まるだけでなく、新しい方向に動き出しています。特に柱の上部にご注目。溝状の繰り返しに小さな球形が取り付いていて、機械の部品を連想させます。そんな創意が、列柱という銀行建築の定番である手法に、他ではあまり見られない迫力を加えているのです。

昭和初期の頃は、建築でも伝統的なものと新しいものが入り混じり、個性的なデザインが花開いた時代でした。街角のちょっとした建物にそんな工夫が施され、当時の人びとに新時代の訪れを告げていました。

◆盛岡信用金庫本店(旧岩手貯蓄銀行本店)
住所:盛岡市中ノ橋通1丁目4-6
電話番号:019-623-2221

◆岩手銀行赤レンガ館
住所:岩手県盛岡市中ノ橋通1丁目2-20
電話番号:019-622-1236

装飾の繊細さに目を見張る「佐藤写真館」(1928年)/藤原孫助

佐藤写真館

「佐藤写真館」は現役の写真館。郊外の洋館のようなデザインがロマンチックで、絵画を思わせる写真を撮影してくれそうです。

佐藤写真館

玄関部分の木組みのようなつくり、モルタルによる装飾、繊細なタイルの配置といったように、手づくりの味わいが強調されています。

◆佐藤写真館
住所:盛岡市中央通1丁目13-60
電話番号:019-622-2970

アール・デコ様式で最先端をアピールした「ライト写真館」(1929年)/逸見米雄

ライト写真館

向かいにある「ライト写真館」も、現在休業中ですが、同じ昭和戦前期の写真館。けれど、デザインは異なります。

ライト写真館

こちらは窓の上などに、コンパスと定規で描いた幾何学的な直線が見られるのが特徴。最先端のアール・デコを取り入れているのは、最新の撮影技術を持っていると感じさせるためだったのかもしれません。

おわりに

時代を反映した街角の建築は、とかく失われやすいもの。それらも盛岡には残っていて、歩けば今も胸踊る街なのです。ぜひ建築の視点で、盛岡を歩いてみてください。

【倉方俊輔の建築旅】「2023年に行くべき52カ所」に選出された盛岡市を巡る

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#岩手県 #建築旅 #盛岡市

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「NHK文化センター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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