伝統を守りながら川越市と共に進化を続ける老舗醤油蔵 「松本醤油店」とは?
「蔵のまち」と呼ばれるほど歴史的建造物が数多く立ち並ぶ川越市。その中でもひときわ風格のある建物が松本醤油店です。江戸時代から続く老舗で、近年は醤油以外の商品開発にも力を入れテレビに取り上げられることも。川越市で愛され続ける醤油のおいしさの秘密と観光で盛り上がる川越市について、現社長の娘で川越生まれ・川越育ちの従業員、前田珠美(まえだたまみ)さんに伺いました。
目次
今回、お話を伺った前田珠美さん
約180年生き続けている蔵と菌
松本醤油店は1764年創業。創業者は横田五郎兵衛という豪商で「松本」ではなく「横田屋」という屋号で始まりました。その後1889年に初代・松本新次郎が建物や従業員を引き継ぎ、現社長で4代目。松本醤油店最大の特徴は醤油を作るための蔵が約130年も残っていること。江戸時代に作られた醤油蔵は1893年に起き、町域の3分の1に相当する1,302戸を焼失する未曾有の大火災「川越大火」をも逃れました。現在、醤油などを販売している店蔵は川越市の有形文化財に登録され、醤油の仕込蔵は都市景観重要建築物に指定されています。江戸時代から使い続けている蔵をどのようにメンテナンスしているのか、前田さんに伺うと「文化財のため修繕したい場合は製造当時の方法を取る必要があります。そうすると1か月くらい営業できなくなってしまうので、大規模な修繕は行っていません。それに、仕込蔵は当時から麹菌が生き続け、“蔵つき酵母”が棲みついています。この菌を使って醤油を作っているので、修繕をすると菌の環境が変わってしまうのでできないんです。本当にひどいところだけ簡易的に修繕はしています」とのこと。また、蔵は非常に壊れづらいのも特徴のひとつだと前田さんは言います。蔵を作る際には釘を一切使っておらず、支柱となる一番大きな柱は地面に埋まっていないので、地震などが起きてもひびが入りにくいそう。江戸時代から災害にも耐えた蔵で生き続けた菌が醤油となり、川越市の名産品となっているのです。
川越市でしか味わえないはつかり醤油と話題のアイディア商品
松本醤油商店の商品ブランドといえば「はつかり醤油」。その作り方は一般的な醤油よりも手間がかけられています。私たちが普段目にする醤油は、発酵の速度を早めて醸造期間を短くするため4〜6か月ほどで完成します。それに比べて「はつかり醤油」は、もろみの発酵・熟成に1年かけ一度醤油を作り、そこに再度麹菌を入れ、醤油で1年間仕込む「再仕込み」という製法をとっています。そのため、通常の醤油よりも麹菌が倍入っていて色や香りが濃いのに、塩分は一般的な醤油と同じなのだとか。「再仕込み醤油はほかの醤油蔵でも作れますが、時間も材料費もかかるため、扱っているところはかなり少ないです。川越に来たからこそ味わえるものですね」と前田さんは話します。
近年は醤油単体以外の商品もラインナップされていますが、それらの商品開発は社長自ら行っているのだそう。「父(社長)は栄養学を学んでいて、これまで醤油の卸業のみをやっていた松本醤油店で新たな試みを生み出しました。万人にとっておいしいものや世の流行に沿ったものではなく、父が気になるものを次々開発しています。そのため、完成するのにも時間がかかってしまいブームが過ぎ去ってしまうこともあります(笑)世の中に定着する商品を生み出すのはなかなか難しいんです」と前田さんは商品開発の苦悩を語ります。
観光と醤油店の関係性
生まれたときから川越市にいる前田さんだからこそ、まちの注目度が年々上がっている様子に驚いているそう。「川越市にずっと住んでいて、まちの様子は日常の一部なのであまり観光スポットがわからず、逆に市外の人の方がご存じかもしれません(笑)。実家が醤油店だというのがめずらしいってことも成人してから気づきましたし、川越市が観光地として人気があることもあまりピンと来ていないんです。市外の友人に遊びに来たい! と言われてもどこを案内していいかわからず、川越市の観光情報を検索することもあります。わたしが小学生くらいのときは、“蔵造りのまち”は暗くてシックな印象でしたが、今では立ち並ぶお店もカラフルで、若い女の子たちがたくさん歩いているので、明るいまちになったなと思います」。また、コロナ以降はお客さんの年齢層や商品の売れ方に特に変化があったそう。「お店に足を運んでくださる方は、コロナ前は年配の方が多くて。醤油瓶を背負って帰る方がほとんどでしたが、今は若い方によく来ていただいています。若い方は、お土産用に小さい醤油を買っていらっしゃいます」。実は、松本醤油店の敷地内には吹きガラス工房、喫茶店、ラーメン屋さんも併設されていて、醤油蔵は土・日・祝の13時、14時、15時に見学が可能。松本醤油店に来れば川越市の観光がまとめて楽しめるようになっているため、立ち寄る若い方も増えているそう。蔵の見学やガラス工房で川越ならではの体験をし、ラーメンや喫茶メニューを堪能したのち、お土産が買えるので観光都市として成長を続ける川越市に欠かせない場所になりつつあります。
おわりに
江戸時代から約180年の歴史を持つ松本醤油店。当時から変わらぬ手法で人々に愛される醤油を作り続けています。また、観光名所として認知度を上げている川越市の移り変わりに合わせて店舗の敷地内では醤油蔵以外の試みも行い、変わっていくまち並みにも必要とされて続ける存在となっていました。これからますます注目度が上がるであろう川越市でしか味わえない醤油を求め、訪ねてはいかが。