2023年は旅に出よう!映画ソムリエ東紗友美が選ぶ、旅心地に浸れる4作品
年末年始に旅にいく予定の方にも、そうではない方にも。映画ソムリエの東紗友美さんが、旅を愛するすべての人におくる映画をご紹介。世界を股にかけた冒険旅行を疑似体験したり、蒸し暑さすら伝わるエキゾチックな映像に思いを馳せたり……どれも“非日常”を通して旅気分に浸れる作品ばかり。見終わったら、きっとすぐに旅に出かけたくなりますよ。
目次
1.『君の名前で僕を呼んで』 突き抜けた“美”に包まれる非日常的な時間
美しい青年、美しい避暑地、美しいヴィラ、美しい食事、美しい会話、美しい旋律、美しい果実、美しい虫鳥の声……。どれも体に染みてくる。どの瞬間も“美”しか見当たりません。計り知れない癒しの数値が脳をとろけさせてくれて、頭の中をここではないどこかに連れ出してくれる、まさに旅のような映画です。
17歳のエリオと、大学教授であるエリオの父に招かれ避暑地にやって来た大学院生オリヴァーの、太陽のもとでの眩しすぎるひと夏の恋を描いた作品。1983年の北イタリアの避暑地を舞台に、ふたりが恋に落ちる切ないラブストーリーです。風光明媚なイタリアの風景はもちろんですが、ディカプリオ以来の才能と呼ばれ今でも映画に引っ張りだこのティモシー・シャラメと、まるで彫刻のような美しさを持つアーミー・ハマー。二人の存在自体が絵画のよう。主演を務めたティモシー・シャラメは、主演男優賞やブレイクスルー賞を受賞し世界中から注目を集めました。すべてのシーンが絵葉書クラスの美しさで、映画が終わってしまうときは現実に帰ることへの虚無感を抱くほどです。
そして、非日常を増幅させてくれるもう一つの要素が、インテリな登場人物たちによる知的な会話。大学教授のエリオの父を中心に、歴史や文学、アルファベットの語源や哲学についてなど教養高めのおしゃべりが日常。高尚な会話がまた非日常感を高めてくれるエッセンスなんです。ちなみにエリオを演じるティモシーも相当なインテリで、ピアノを弾くシーンは本人による演奏です。
そして、この映画のタイトル、なんだか泣きそうになりませんか? 二人は一心同体。だからこそ、お互いがお互いの半分で、私の半分があなた。あなたの半分は、僕でできていた。君は僕で、僕は君。そう宣言しているかのような、ある種極限の一体感を表した関係性のよう……。静かだけどエモーショナルな余韻を感じてください。そこも含めて数日間は旅心地にさせてくれる作品です。
2.『青いパパイヤの香り』 ベトナムにホームステイしているかのような非日常的な時間
村上春樹原作『ノルウェイの森』の映画化でメガホンをとったベトナム出身のトラン・アン・ユン監督のデビュー作。カンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)、セザール賞新人監督賞を受賞したほか、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされ、この映画で鮮烈なデビューを飾りました。
1951年、ベトナム。10歳の少女ムイが、サイゴンで暮らす一家のもとへ田舎から家計を支えるために奉公にやってきます。素朴な少女ムイがさなぎから蝶に変身していく、そんな成長を瑞々しく描いた作品です。
この映画はベトナムが舞台といえど、ムイが奉公している家しか出てきません。にも関わらず、気づけばこの家に一定期間にホームステイしている異邦人の瞳になり、自分も今そこにいるかのような感覚に。開け放した窓から入り込むじっとりした空気、熱気と湿気、少し暑苦しそうな風、やさしい虫の声、鳥たちのさえずり、時折演奏されるオリエンタルな弦楽器の調べ……淡々とした日常を音と映像でなでるように丁寧に切り取っていて、全編にわたって五感を優しくタッチされているような心地になるからでしょう。
ここには便利そうなものは何ひとつありません。でも、すべてがあるような気がする。忙しない生活の中、どこかに忘れて、今となっては私たちが失ってしまった何か。物資的ではない豊かさに触れ、ノスタルジーの彼方へと連れ出してくれる映画です。
3.『アンチャーテッド』 地図にない場所を探しにいく非日常的な時間
アンチャーテッドとは“地図にない場所”という意味。若きトレジャーハンターが伝説の秘宝や古代都市の謎に挑む、シリーズ累計売上4,000万本以上のアクションアドベンチャーゲームを映画化した作品です。“地図にない場所”に眠る50億ドルの財宝をめぐり、命賭けの冒険活劇が始まる、『インディ・ジョーンズ』や『トゥームレイダー』や『ナショナル・トレジャー』にワクワクした人にぴったりの王道のアドベンチャー映画。
物語に散らばる断片的なヒントから、財宝が眠る場所にクロージングしていく謎解き要素や、「黄金」「財宝」「古代の海賊船」といったキーワード。一見男子向きに思えますが、そんなことはございません!
MCU版『スパイダーマン』シリーズに引っ張りだこのトム・ホランドと、渋みが良い感じに持ち味に加わってきた『トランスフォーマー』シリーズのマーク・ウォールバーグ。師弟関係となる2人が交わす、命からがらの状況でもふざけ合うようなやりとりや、協力しなければ解決できないシチュエーションでの阿吽の呼吸。コメディテイストでありながらもエモーショナルでもあり、とにかく二人のじゃれあいともいえる一挙一動が実に愛おしいんです。女子の友情ではなかなか通じない、騙し合いながら絆を深めていく様子も萌えポイントなのかもしれません……。
そして、身体をはった王道ハリウッド映画ならではのアクションは興奮の振り幅を最大限に揺り動かしてくれます。特にスパイダーマンで鍛え上げられたトムのスタントは、飛行中の輸送機から吊るされたコンテナに飛び乗ったりと迫力抜群。地図にない場所というタイトル通り、ヨーロッパの教会やタイのピンカン島、そのほか世界中の見知らぬロケーションが登場します。総製作費150億円越えというロケ地の豪華さも相まって、冒険旅行を擬似体験できるんです。
4.『コンパートメントNo.6』<新作>:北極圏を列車で旅する非日常的な時間
非日常な列車内での時間。言葉の通じない相手と過ごす時間。のぞむ目的地に着くまで。それも、また旅。
映画『コンパートメントNo.6』は、“最悪の出会い”から始まる“最愛の旅”を描いた、カンヌ映画祭グランプリを受賞をした北極圏ロードムービー。モスクワから世界最北端の駅ムルマンスクにあるペトログリフ(岩面彫刻)を見に行く予定だったラウラは、恋人にドタキャンされ列車に1人で乗り込みます。そんなラウラが列車の6号コンパートメントで乗り合わせたのは、粗野な炭鉱夫の男でした。
寝台列車に乗り合わせた一組の男女。通りすがりの出会いの中にしか生まれない、恋とも愛ともまた異なる淡い気持ち。いつか別れが訪れることを、お互いちゃんと知っている。雪景色を背景に、そんなふたりの姿が眩しく輝きます。
ちょっぴり切ないけれど、2人の間に流れている旅がもたらした不思議なシンパシーが心地良い、異色のラブストーリーです。どことなく『ロスト・イン・トランスレーション』を想起しました。王道ではないけれど独特なラブストーリーに惹かれますし、世界最北端へ向かう列車の途中下車駅での景色はどれも見たことがない街並みで、世界はまだまだ知らない場所に溢れているという当たり前のことをスクリーンいっぱいに感じさせてくれます。
ラウラとリョーハの出会いを描いたこの物語は90年代のお話ですが、モスクワからムルマンスクまでは、今でも列車で35時間ほどかかるそうです。長時間かけて出向いた旅、これぞ非日常。そこに到達したときの自分って、きっと少しだけ変化が訪れている気がするんですよね。自分を変えてしまうくらいの長旅への憧れをきっと抱くことでしょう。
旅を通して、人の力を借りつつも、最後には自身の決断で力強くなっていく。縛られていたものから幾分か軽やかになっていくラウラの姿は、列車の雪景色と共に私たちの心にも雪解けをもたらしてくれますよ。
『コンパートメントNo.6』 2023年2月10日(金)、新宿シネマカリテほか全国順次公開
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いつもより少しゆっくり過ごせる年末年始。北イタリアを舞台にした切ないラブストーリーや、ノスタルジーあふれるベトナムの日常など、世界各地で紡がれる物語に思い馳せながら、じっくり鑑賞してみてください。きっと、ここではないどこかへと連れ出してくれますよ。