福島県・大熊町に移住した佐藤亜紀さんが考える、次世代のための復興から創生への歩みとは?
東には雄大な太平洋、西には阿武隈山系の名山が広がる、福島県浜通りの中央部に位置する大熊町。2011年の東日本大震災と原子力発電所の事故により甚大な被害を受けたこの地で、全国各地の大学生が参加して大熊町のアートと食を彩るイベント「パレットおおくま」が3月に開催されました。大熊町は原発事故で全町民が避難。11年余りにわたって続いてきた特定復興再生拠点区域の避難指示が、2022年6月30日についに解除されました。再び町に賑わいを取り戻すために少しずつ動き始めている大熊町のイベントに取り組んだ人たちの声と、新たなまちづくりをレポートします。
目次
全国から大学生が集まり企画したイベントが開催
2022年2月26日に大熊町のJR大野駅西口で誕生した地域交流スペース「KUMA・PRE(クマ・プレ)」にて、「パレットおおくま」が3月19、20日の2日間で開催されました。このイベントは「大熊町に音と彩りを与え、賑やかなまちに」というコンセプトのもと、復興の途上である大熊町の現状や魅力を発信したいと、全国から集まった大学生たちが集まって仕掛けたイベントです。
このイベントを裏方として支えた佐藤亜紀さんは、2014年に東京から原発立地町である福島県双葉郡大熊町の仕事に就き、2019年、避難指示の一部解除に合わせて大熊町に移住。現在、大熊町の自宅でキウイ栽培を行う傍らで、福島県浜通りの13市町村に住む地元青年たちが中心となる地域連携団体「HAMADOORI13」の企画課長を務めています。
町と協力して3カ月の短い期間で事業案を実現
佐藤亜紀さん
「『パレットおおくま』は、2021年12月に開催された全国から集まった大学生による企画立案プロジェクト『第二回おおくまハチドリプロジェクト』の一環です。10月に大学生たちがオンラインで役場の方から大熊町のさまざまな課題をヒアリングし、実際に自分たちの目で大熊町の様子を見学。町民の方々とも対話を行ったうえで、町長や役場職員へ大熊町の未来につながるアイデアを出してもらうプレゼンテーションを実施しました」
優秀賞は、アートで大熊町を盛り上げるという内容のもの。食のイベントと融合し実施されたこのイベントは、選定から開催まで約3カ月間というタイトなスケジュールだったそうです。
学生のモチベーションの高さに触発された
佐藤亜紀さん
「本当にモチベーションが高い学生たちが集まってくれたことに感謝しています。3月のイベント本番当日に向けて、必ずこのイベントをやり遂げようという学生たちの強い意思が、私たち住民にもひしひしと伝わってきましたよね」
食では町内のイチゴ栽培施設「ネクサスファームおおくま」のイチゴを使ったクレープやイチゴ飴を販売したほか、カレーやホットサンドなど、県内各地からキッチンカーが8~9店舗集結しました。
町づくりに必要なのは、新しい人と新しい考え方
次に話を聞いたのは、「HAMADOORI13」の代表を務める吉田学さん。大熊町出身で、2014年に地元メンバーと共に総合建設会社を設立し、大熊町の復興に携わる一人です。「おおくまハチドリ協議会」の立ち上げメンバーとして、イベントをサポートしました。
吉田学さん
「『パレットおおくま』は、学生を含む若い人たちの熱い想いとエネルギーを感じられるイベントになったと思います。大熊町は2011年3月をきっかけに、町の人口は一度ゼロの状態になってしまいました。過去の延長線上で考えるのではなく、自分たちが新しい道を切り開いて、新しい町をゼロから作る。それが実現できる場所にしていきたいと考えています」
東日本大震災から11年。政府が住民の暮らしを再開するために整備を進めている「特定復興再生拠点区域」である大熊町の一部は、6月30日に帰還困難区域指定が解除されました。2019年に大熊町新庁舎が開庁。2020年にはJR常磐線大野駅が営業を再開し、2021年には商業施設「おおくまーと」をはじめ、交流施設「linkる大熊」、宿泊温浴施設「ほっと大熊」の3施設がオープン。町に再び賑わいを取り戻す動きを見せています。
人と人をつなげる新しいモビリティサービスを導入
大熊町では、今後さまざまな実証を経て新しいモビリティ実装を模索中。大川原~下野上地区間の幹線道路にて定期運行等を目指しています。導入にあたり、まだまだ法律的な側面からも課題は多いですが、佐藤さんは「モビリティが導入されることで、生活がどのように変わるのか、これからみんなで勉強しなくてはいけない」、吉田さんは「このモビリティが人と人をつなげるツールになることを期待している」と話します。
吉田学さん
「大熊町はゼロから町を作り上げる必要がある環境です。言い換えれば、他の町では取り組みづらいMaaS(マース)の実証実験がやりやすく、挑戦もしやすい場所であるともいえます。スマートシティ実現を目指す大熊町だけでなく、全国の市町村にとっても未来の可能性が広がる選択肢になるのではないでしょうか」
住民の生活が便利になる新しい交通インフラという以外にも、新しい人を集める可能性を秘めている新型モビリティ。復興のその先を目指す人たちの取り組みは、まだ始まったばかりです。
大熊町に向き合うことが、未来を考えるきっかけに
今回のイベントの主催である大熊町の地域おこしなどに取り組む学生団体「みんなで大熊町づくりプロジェクト(みんくま)」でマルシェチームの代表を務めた原口拓也さんは現在、和歌山大学の3年生。4年時は休学し、大熊町の復興への取り組みに本腰を入れる予定と話します。
原口拓也さん
「今回のイベントを企画したのは、そもそも私が福島と東北、そして東日本大震災と向き合ってみたかったというのがきっかけでした。大熊町のことを勉強しながらイベントを企画しましたが、実際進めてみると誰に聞けばよいのか、誰に助けを求めればよいのかなど、すべてが手探り状態でしたね」
今回参加した大学生は全員で15名。「おおくまハチドリプロジェクト」に参加した全国各地から集まった大学生がそれぞれ役割分担をし、イベント開催へ向けて急ピッチで準備を進めてきました。
原口拓也さん
「今日という日を無事迎えることができて本当に一安心しました。まだまだ小さな一歩ですが、今後定期的に大熊町を知ってもらうイベントを開催し、一人でも多くの人に足を運んでもらえるような状況を作っていきたいですね」
心と心のつながりを生み出すアートの力を信じる
アート面では、「KUMA・PRE」施設内にて写真展を開催。レンズ付きフィルムカメラ「写ルンです」を使い、大熊町の風景を切り取った写真を針金にくくりつけ、天井から吊るして展示。このプロジェクトでアートチームの代表を務めた郡山市出身の吉田幸希さんが、プロジェクトの経緯を話してくれました。
吉田幸希さん
「この写真展はカメラマンや新聞社の方に協力してもらったわけでなく、町民の方、このエリアで働いている方にカメラを渡すところから、実は作品が始まっているんです」
当初は「おおくまハチドリプロジェクト」にて、芸術系大学に通っている若手アーティストに1カ月間大熊町に住んでもらい、その人たちの視点で写真展を開催したいと企画を提案。山形にある東北芸術工科大学の佐藤純一さんのアドバイスを受け、大熊町に在住・在勤する10~40代の10名の視点で「水と家、その他」をテーマにして撮影を行いました。
吉田幸希さん
「テーマがひとつなのに、撮ってきた写真を見ると撮影者みなさんの見方、考え方がこんなに違うんだと気付かされましたね。大熊町の現状を切り取った写真というだけでなく、多角的な視点を感じることができる作品になっていると思います」
吉田さんも出身地である郡山市から避難を経験し、高校卒業後、神奈川県で一人暮らしをスタート。そのタイミングで2021年に開催された「第一回おおくまハチドリプロジェクト」と出会い、イチゴ栽培施設「ネクサスファームおおくま」にて農業インターンシップに参加し、今では浪江町に移住。大熊町と接点が徐々に増えていったと話します。
吉田幸希さん
「アートはあくまで町づくりを考えるひとつのきっかけに過ぎませんが、人の気持ちや考えを視覚で表現できるすばらしいツールです。ときには人を感動させて人間性を豊かにしてくれる、そんなツールを通じて、新しい町づくりに活かしていければいいなと考えています」
◆KUMA・PRE(クマ・プレ)
住所:福島県双葉郡大熊町大字下野上大野98-1
営業時間:10:00~16:00
定休日:月曜、水曜、日曜(イベント時はOPEN)
◆大熊町×MaaS instagram
https://www.instagram.com/ookumamachixmaas/