【名古屋駅西エリア】今こそ行きたい、名古屋の歴史の裏側を知るディープトリップ
歴史やものづくりに触れる旅が大好きな、旅色LIKESライター・長月あきです。2027(令和9)年先行開業が予定されているリニア中央新幹線が通る名古屋駅。現状、2027(令和9)年開業は難しいようですが、開業を見据えた名古屋駅周辺の再開発は着々と進んでいます。今回はそんな進化を続ける名古屋駅からほど近いのに、庶民的な雰囲気で、いまも大正・昭和の名残が残る駅西エリアを散策してきました。これから開発が進むことによって薄れゆくだろう景色も紹介しますので、ぜひ今知っていただきたいです。
目次
名古屋駅西エリアとは
愛知の玄関口、名古屋駅(通称、名駅)は駅を挟んで東側と西側では、まったく趣の違う風景が見られる駅です。JR桜通口から出る駅東側は、商業施設やオフィスの入る高層ビルが立ち並ぶ都会の雰囲気。一方、JR太閤口から出る駅西側には、家電量販店やビジネスホテル、居酒屋などが混沌と入り混じり、そのすぐ裏手には昔ながらの風情をもつ銀座通商店街や、住宅街が広がっています。さらに西に進むと、大正から昭和にかけて隆盛を誇った中村遊廓の跡地があります。名駅から銀座商店街、中村遊廓跡へは、ほぼまっすぐ一直線。駅周辺にレンタサイクルのポートがいくつかあるので、今回は自転車を借りて名駅西エリアを散策してみました。名古屋駅からほんの数分走るだけで、都心の真ん中とは思えないレトロな光景に出合えます。
かっぱ伝説が残る生まれ変わった椿神明社(つばきしんめいしゃ)
名駅から5分ほどの場所にある椿神明社。リニア工事に伴い、境内の一部を譲渡し、残った境内に社殿を移動させた神社です。昭和初期まで神社の東側には、笈瀬川(おいせがわ)という河川がありました。この辺りは、かつて伊勢神宮の神領(神社の所有地)であったことから「お伊勢川」と呼ばれていたのが名前の由来だとか。現在は川は埋められ、笈瀬通という道路になっています。曲がりくねった通りが、ここがかつて河川であったことを偲ばせます。笈瀬川に残るかっぱ伝説にちなんで、通り沿いにかっぱの像が建てられています。笈瀬通を南下した須佐之男社という小さな神社の前にもかっぱの像がありました。
昭和の風情が残る駅西銀座通商店街
椿神明社の傍から続く、駅西銀座通商店街は戦後の闇市をルーツに持つ、昭和の雰囲気が残る商店街です。商店街は名駅から中村公園までを結ぶ散策ルート「太閤秀吉功路(たいこうひでよしこうろ)」の一部になっており、豊臣秀吉の出世エピソードが書かれたモニュメントが歩道沿いに並んでいます。
創業から約80年の小さな和菓子屋さん「味多喜(みたき)本店」に立ち寄り、お土産にいくつか買って帰りました。店内の貼り紙によると鬼まんじゅうが“世界一おいしい”そう。鬼まんじゅうは、小麦粉や砂糖を混ぜた生地に角切りにしたさつまいもを混ぜて蒸し上げた、東海地域ではメジャーなお菓子です。確かに鬼まんじゅうもおいしいですが、私のおすすめはくるみ団子(1本120円)。ほんのり甘い団子にくるみの食感がしっかり感じられます。
◆味多喜本店
住所:名古屋市中村区竹橋町1-14
電話番号:052-452-1575
営業時間:9:00~20:00
定休日:日曜日
一日中モーニングサービスがついてくる喫茶店「喫茶モーニング」で小倉トーストのモーニングを。名駅から徒歩圏内なので、旅行者らしき人も多く賑わっていました。小倉トーストセットの他にも、サンドイッチ、カレー、ケーキなど、色々なモーニングセットが楽しめます。駅西銀座通商店街を含む名駅西側エリアには、こういった古い建物をリノベーションした個性的な店舗がいくつもできています。
◆喫茶モーニング
住所: 名古屋市中村区則武2-32-4
電話番号:052-451-2800
営業時間:8:00〜15:30(LO15:00)
定休日:火曜日
随所に残る中村遊廓の名残
商店街をさらに西に進むと、愛知県最大の遊廓(※)であった中村遊廓の跡地がある大門地区に入ります。中村遊廓は、名駅の東側にある大須から移転してきた遊廓で、1923(大正12)年に開業したとされます。遊廓といえば東京の吉原が有名ですが、中村遊廓の敷地面積は吉原を凌ぐ巨大なもので、昭和初期の全盛期には娼家が約140軒、娼妓約2,000人と日本最大級の遊廓の一つになりました。
※遊廓:公に許可された、遊女が売春を行う妓楼(ぎろう)を集め、周囲を塀や堀などで囲った区画のこと。全国各地に作られ、古くは豊臣秀吉の時代からはじまり、1957(昭和32)年に売春防止法が成立するまで、その歴史は続きました。
現在の大門は風俗街になっている……と聞くと歩くのに躊躇してしまうかもしれませんが、遊廓跡の中心あたりに大きなスーパー(ピアゴ中村店)があるので、日中は人通りが多く特に問題ありません。近くに住宅街もありますし、スーパー正面玄関の目前に道路を挟んで風俗店の入り口があるのが不思議な感じです。スーパーの上の階にある駐車場から周辺を見渡すと、遊廓の建物の構造がよくわかります。木造二階建ての建物をコの字型やロの字型に作り、中央に坪庭を設ける造りが多かったそう。上から見ると、現在は風俗店となっている建物も、遊廓時代の建物をそのまま転用しているようです。中村遊郭の名残を感じられる場所を3つ紹介します。
まずは、ピアゴ中村店の目の前にある蕎麦店「蕎麦 伊とう」。大正時代に建てられた遊廓の建物をリノベーションしたお店です。人気店で、週末のお昼時は行列ができていました。
◆蕎麦 伊とう
住所:名古屋市中村区大門町13
電話番号:052-471-3850
営業時間: 11:30〜15:00(LO14:30)、17:30〜21:30(LO21:00)
※昼・夜ともに売り切れ次第修了
定休日:月曜日、第2火曜日
続いて、素盞男(すさのお)神社は中村遊廓北西部にある神社で、商売繁盛の神様として知られています。遊廓にとっても商売繁盛祈願の地であり、神社内には廓内楼名が刻まれている灯籠などが建っています。
◆素盞男神社
住所:名古屋市中村区日吉町18
電話番号: 052-482-5576
最後は名古屋第一赤十字病院の敷地内にある、遊女の霊を慰めるための弁天堂です。中村遊廓の西隣にはかつて遊里ヶ池(ゆうりがいけ)という池がありました。人々の憩いの場として親しまれた一方、遊里ヶ池には遊女による投身自殺や、病死した遊女の死体遺棄が絶えなかったのだとか。遊女の供養のため、池の中の島に「中村弁天寺」が建立され、芸術の神でもある弁財天の分身が祀られていました。1935(昭和10)年頃、池が埋め立てられて、跡地に病院ができます。寺は移転しましたが、寺から新たな分身を迎えて、病院敷地内に祀られました。
◆日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院
住所:名古屋市中村区道下町3丁目35番地
電話:052-481-5111(代表)
消えゆく妓楼建築
10年ほど前までは大きな妓楼(ぎろう)建築(※)の建物がいくつか残っていたそうなのですが、老朽化による取り壊しにより、現存する建物は年々少なくなっています。中村遊廓跡地の中に、名古屋市の都市景観重要建築物に指定されていた建物が、かつては4つ(長寿庵、旧松岡旅館、料亭稲本、料理旅館大観荘)ありましたが、今年ですべて姿を消しました。ただ、2018(平成30)年に解体された「料亭稲本」の楼門は、愛知県長久手市に開園したジブリパークに移築されています。中国風の屋根と赤いベンガラ塗りの壁が、映画「千と千尋の神隠し」の舞台「油屋(あぶらや)」を思わせることから、解体時に、スタジオジブリが楼門を譲り受けたのだとか。
※妓楼建築:ステンドグラスやモダンなデザインの円窓や照明、色タイル、豪華な庭などさまざま様式を折衷した建物のこと。
街を歩いているとそれらしい建築物をいくつか見かけますが、老朽化がさらに進めば近い将来、遊廓の名残は町名や町の区画、寺社に残るだけになるのかもしれません。遊廓の持つ負の歴史を思うと、風情ある建物を見ても単純にノスタルジーを感じる気にはならないのですが、負の遺産だからこそ敢えて保護して残す、という考え方もあるのではないかな……とふと思いました。風俗街と聞くと少々ネガティブな印象もありますが、独特の町の区画や遊廓の名残から、名古屋の歴史の一部を肌で感じられる場所でもありました。
駅西エリアの歴史の光と影
つい先日、名古屋駅西に人の流れを作る施策の一環として、2週間の社会実験が実施されました。駅前広場から銀座通商店街につながる道路の歩道を拡げ、にぎわい創出効果や交通への影響を探るというものです。リニア開業を契機に、名駅西エリアはどんどん明るく賑わいのある街に変貌していくのかもしれません。一方で遊廓や戦後の闇市など、綺麗ごとだけではない歴史が存在していたエリアであることも事実です。歴史の光と影を併せ持つ名駅西エリア。少しディープな名古屋を感じに、変わりゆく町並みを散策してみませんか。